この鍵で錠ひとつあく星の秋 池田澄子

んーと、ボクが初めて買った句集は、『ふらんす堂現代俳句文庫 池田澄子句集』(ふらんす堂)でした。やっぱり一番最初に「じゃんけんで負けて蛍に生まれたの」を知って、池田さんの句をなるべく幅広く見てみたいなーと思ったら、こんなんありまして。お安いし買ってみた、という感じです。3つの句集から抄出した句が掲載されています。で、有名な「じゃんけん~」と「恋愛の起承転転さくらんぼ」は置いといて(どっちも好きですが)、掲句も気に入りました。

 

この鍵で錠ひとつあく星の秋  池田澄子

 

そんなの当り前やんけー、と思うかもしれませんが、意外とそうでもありません。例えばですね、最近あまり使わないかもしれませんが、某メーカーのNo.200という鍵があります。これ、いろんなとこで使われていて、一昔前のボックスなら、これで開くという錠がけっこうありました。今はセキュリティの意識が高まってきて、この鍵使う錠はあまりないかもしれませんが(いやまだまだあるのかな)。それに限らず、玄関の錠以外では、同じ鍵で開く錠はいっぱいあります。でも、「この鍵」では、錠が一個しか開かないんです。鍵と錠が一対一の関係だということですよね。そこで、星の秋というところに落ちて・・・くるのかと。

秋の空に無数にある星と、ひとつの可能性しか持っていない自分の無力を感じる一面がありながら、必ず辿り着けるはずだという希望を感じる面もある。でもボクにはどうもこう、広漠とした夜空が圧倒的に感じられて、すごく寂しい気分になってしまいます。秋の夜空は、普段にもまして密度が高く感じられるはずなのに、深いところまで見渡せるように空が澄んでいる分、その大きさにつぶされそうになってしまう。手の平にある小さな鍵の存在感が、確固としたものであればあるほど、「さて、どうしよう・・・」という気分を呼び起こしてくるような気がする。小さなモノから大きなものを感じさせつつ、なんだか寂しくてたまらない。秋の星じゃなくて星の秋なのも、寂しさを増してくるようです。

どうしても気になる、素敵な句だと思いました。

で、蛇足ですが、どーしても「ほしのあき」になっちゃうんですよw

・・・あれ?なんで今の季節にこの句を取り上げちゃったんだろう。まいっか。